盲導犬の映画「ベルナのしっぽ」を見て

最近、2005年に公開された「ベルナのしっぽ」という盲導犬についての映画に出会う機会がありました。
27歳で難病ベーチェット病を発症し、突然視力を失った女性と盲導犬の物語です。
彼女とほぼ同時期、28歳に難病を発症して車椅子生活になった私は、映画に出てくる主人公の女性の言動に共感しっぱなしでした。

ハンディキャップを持っていると、どうしても閉じこもりがちになります。
ハンディキャップを支えてくれる「相棒」が出来るまで、外の世界が怖くなってしまうのです。

視覚にハンディキャップがある場合、白杖もしくは盲導犬が外出を支えてくれる「相棒」になります。
私達のような足にハンディキャップがあると、車椅子が「相棒」です。

しかし、支えてくれるものがあったとしても、外出は良い事ばかりではありません。
今では車椅子や盲導犬も、すっかり社会に浸透してきました。
とはいっても、すれ違う時に舌打ちをされたり、自転車に追突される時もあります。

「ベルナのしっぽ」の劇中でも、盲導犬ベルナが心ない通行人からタバコの火を押し付けられてしまう事件が起こってしまいます。
嫌な目に遭うたびに、主人公も「頑張ろう!」と自分で自分を奮いたたせる場面がよくあります。

ハンディキャップがあるゆえに葛藤は、私も感じています。
しかし、だからといって、社会を恨んでいるわけではありません。それ以上に周りに支えてもらっていると感じるからです。

白杖を持っていたり、車椅子に乗っているような目に見える障害は、見知らぬ人から助けてもらうことが一番多いのです。
実際、私もたくさんの方たちに今まで助けてもらいました。
親切にしてもらって、助けてもらう回数が増える分、外出する勇気も湧いてきました。

一方、聴覚障害や内臓に障害を持つ人は、障害が外からわかりにくいために苦労しています。
今はステッカーなどで見えない障害をあることを示す人も増えてきていますが、社会的に認知度はまだ低いでしょう。
障害への理解を深めていくと共に、公共機関などで一定の配慮が必要だと思います。

ハンディキャップを持った人にとって暮らしやすい社会は、健康な人にとってもメリットが多いでしょう。
病気や事故で、自分自身も障害を負ってしまうかもしれないからです。
すべての人にとって暮らしやすい社会なんて、単なる絵空事や理想の領域かもしれません。
しかし、目指すことは決して無意味なことではないはずです。

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福祉サービスのありがたさ

今年の夏に神経性難病のため、車椅子生活になりました。
手足に障害があるので、身体障害者手帳の申請を勧められました。

身体障害者手帳は「障害があります」と公的に証明するようなものです。
医師に診断書を書いてもらい、役所に申請することになります。
介護タクシーの割引や訪問入浴サービスが受けられるということで、迷わずに申請を決めました。

人によっては「身体障害者」という枠組みにくくられるのに抵抗を示す人も多いようです。
明らかに障害があるのにも関わらず、申請しないという選択肢を取る人もいます。

しかし、私の場合は「お風呂に入りたい」という一心で手帳取得を決めてしまいました。
実は車椅子になってから、身体を拭くばかりでろくにお風呂に入れていないからです。

不自由な身体で、お風呂に入るのは意外と危険が伴います。
手すりがない普通のお風呂なので、どうしても滑りそうになってしまうのです。
滑って転倒してしまえば、骨折してしまうかもしれません。
泣く泣く、今はお風呂を断念している現状にあるのです。

もともと半身浴が好きで、長風呂傾向にあった私。
お風呂に入るのが、リラックスできる時間だったので、ストレスも溜まります。
これは私だけが感じている思いではありません。

そもそも日本人はお風呂に浸かるのが大好きな国民です。
介護が必要になったお年寄りや身体の不自由な人の多くが、お風呂に入りたいと思っています。
そんな思いをサポートしてくれるのが、訪問入浴サービスです。
介護のプロが横についていてくれて、入浴を手伝ってくれるのは魅力的です。
もちろん時間が限られているので、昔のように長風呂はできないと思いますが・・。

訪問入浴を利用するには、手帳が必要ということで申請することになったのです。
手帳は申請してから、手元に届くまで時間がかかるようです。
今から届く日を心待ちにしています。

介護保険制度が始まってから、お年寄りや身体が不自由な人へのサービスが増えてきました。
自分が障害を抱えた今、サービスがあることに心から感謝の思いが湧いてきます。
私のような若い世代も、突然の事故や病気で身体が不自由になることがあります。
もっと福祉サービスが充実していけば、全ての世代にとって暮らしやすい社会になることでしょう。

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お見舞いに対する感謝の気持ちを伝えたい!

私は神経性難病のため、自宅で病気療養をしています。
友人や知人に「毎日、何をして過ごしているの?」とよく聞かれます。
暇を持て余しているんじゃないのかな、と思ってしまうそうです。

確かに元気な時に、家でじっとしていると暇かもしれません。
私も健康だった時なら、休日に家で何時間も過ごすのは耐えられないタイプでした。
しかし、健康ではない今は、不思議と暇だと感じたことがありません。

なかなか病気療養の気持ちを人に伝えるのは、難しいものがあります。
いつも「暇じゃないのか」という質問の答えには、困ってしまいます。
純粋な疑問で聞く人もいますし、私を気遣って聞いてくれていることもあるでしょう。
どう答えていいか迷いながらも、伝わる返答をなんとか見つけ出そうとしています。

例えば、インフルエンザで休んでいる時に、暇だと感じないのに似ているかもしれません。
私の場合、免疫力が衰えているのでしょっちゅう38℃から40℃の熱が出ます。
インフルエンザに近い状態になるので、寝ている時間が増えてしまいます。
身体の症状が辛くて、暇だと感じる余裕がないというのが実情です。

しかし「身体の症状が辛くて、暇だと感じる余裕がない」と言うと、困ったことが起きます。
そんなに病状が悪かったのかと、相手にいらぬ心配をかけてしまうのです。
病気を抱えている立場としては、「なあんだ、たいしたことない病気じゃないか」と言われるのも癪に障ります。
しかし、過剰に心配をかけてしまうのも、相手にとって悪いことをした気分になります。

お見舞いの言葉をかけてくれる相手に、いい塩梅で病状を伝えていきたいものです。
病気療養生活は、決して楽なものではありません。
現在、感じている辛さをそのまま言葉にすると、伝えた相手に受け止め難いこともあります。
けれど、心配をかけまいと元気に振る舞うと、健康なのに怠けて家にいるような印象を与えてしまいます。

お見舞いの電話やメールには、いつも四苦八苦してしまいます。
せっかく連絡をくれた友人や知り合いに、程よい頃合いの気遣いで返事をしたいものです。

私なりの小さな気遣いといえば・・・
お見舞いをくれた方には、できる限り絵葉書で返事を出すようにしています。
メールや電話より、手に取れる絵葉書の方がお礼の気持ちが直接伝わるような気がしたからです。
こちらの感謝の気持ちが、葉書を通して届いているといいなと思います。

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不透明な違法ダウンロード罰則

著作権法改正で、10月から違法ダウンロードの罰則が強化されることになった。
今発表されている情報によると、10月1日から規制されるのは音楽と動画のみということになっている。
私的複製と、海賊版と知りながらダウンロードして入手する場合に刑事罰が与えられるということになっている。

しかし、以前として不透明な部分が多い。
現在、私自身もYouTubeで音楽を聴くことがある。
そのほとんどは、私的複製によるものだ。
CDやDVDやテレビから、トリミングされたものをUPしてあるものが大多数である。
公式のものだけを観るのなんてほぼ不可能なのだ。

そもそも、ラジオやテレビで気になった曲を探す時、まずYouTubeで検索に掛ける。
これは今では誰でもやっていることだろう。
本来はUPすること自体がアウトなのだろうが、音楽業界はなんの手立てもなく今現在に至る。

以前、スガシカオ氏のメルマガで書かれていたことを思い出してみよう。
無料で提供されたものを有料化に戻すのは、非常に難しい事であると書かれていた。
つまり、こんな風になる前に罰則を訴えなかった音楽業界が悪いということになる。

誰が見ても今更感のあるこの罰則。
既に手の施しようがないところまで来ている。
著作権などあってもないようなものだと私は思う。
インターネットの速さに、人間が追いついていないのだから。
どれだけ罰則を強化しても、イタチごっこである。

この件に関して刑事罰を与えるとなると、世の中のほとんどの人が犯罪者になる。
ダウンロードはしていないにしても、ブログやツイッターなどで海賊版の動画を広め、それを知った誰かがダウンロードしたという可能性も否定できないからだ。
作った人も、それを広めた人も、全てが犯罪者になりかねない。

そうかといって動画サイトの閉鎖は不可能だろう。
公式でも動画サイトは利用しているのだから。
閉鎖をしてしまうことは、音楽の衰退ということになりかねない。

CDが売れないのは、アーティストの責任ではない。
ハッキリ言って、音楽業界の人間たちの怠慢である。
著作権を守りたいのであれば、他の方法を生み出すほかないだろう。
現在のように音楽や動画が垂れ流しになってしまった以上、そこにお金を払おうという人間などなかなかいないだろう。
人によっては価値のあるものだが、その他大勢には無価値になってしまっているのだから。

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ウナギの蒲焼きに代わるもの

うなぎが不漁とのことで、今かなり価格が高騰していると言われていますよね?
もうすぐ土用の丑の日だから、そんなニュースをあちこちで見掛けます。

今朝、とあるテレビ番組で紹介されていたもの。
それがうなぎの蒲焼きに代わる「豆腐の蒲焼き」「豚肉の蒲焼き」などでした。

いや、別にそれならいらないけど!

私はテレビに向かって突っ込みましたよヾ(^_^)ォィ
でも、そう思いませんか?
うなぎの蒲焼き以外なら、別にわざわざ加工されているものを買わなくてもいいと思います。
自分で作れるでしょう?
それくらい。

うなぎは簡単には捌けないから、ちゃんとしたお店で購入することが多いけれど。
代用品で作られた蒲焼きを食べても全然雰囲気出ないし…。

でも、このうなぎに代わる蒲焼きが、スーパーでは売れ行き好調だとか。
どんな方が購入するのか偵察してみたいものです。

そう言えば、昔はうなぎってそれほど好きな食べ物ではありませんでした。
骨が一杯あるし。
骨にトラウマがある私は、なかなか飲み込める食べ物じゃなかったんですよね。
でも、いつだったかそれが「美味しい!」に変わりました。

うなぎ屋さんで作られた蒲焼きは、骨があってもとけるというのでしょうかね?
とにかく骨が気になりません。
もちろん、白焼きも同様です。
とにかくスーパーで売られているものとは雲泥の差があります。

個人的に食べたくなった時は、スーパーで購入してわざわざ蒸します。
蒸すことでふっくらするので、全体が柔らかく頂けるのです。
関西の人は嫌うと思いますが。
これは料理教室で教えて頂いた技です。

ところで、土用の丑の日って年に4回もあるってご存知でしたか?
このうなぎのことで、「今年の土用の丑の日っていつだっけ?」と思って調べたら、そのような情報が出てきました。

一般的に知られているのは夏の土用の丑の日です。
でも、土用というのは“立春・立夏・立秋・立冬”の前の18日間を指しています。
つまり、その期間にある丑の日は全て土用の丑の日だそうです。

夏の土用の丑の日にうなぎを食べるのは、通説ではありますが、売れないうなぎ屋さんの悩みに平賀源内が助言したことです。
それが今まで風習として残っているのですね!
精が付く食べ物だから、夏バテ予防にもなると今は言われていますが…。
猛暑続きの現代では、これくらいでは吹っ飛びませんよね?(笑)
でも、意味があるのだから、代用品で土用の丑の日を迎えるのはなしにしてもらいたいものです。

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発音で気にしているところ

この前、英語を一緒に勉強している韓国人と英語の発音のことで指摘し合いました、
指摘しあう・・・お互いがお互いを「間違ってる。」といいました。

お互いネイティブでもないのに、なんだかおかしな光景でした。どうせどっちもまちがってるよって(笑)

どういう発音だったかというと、例えば
「public(公の)」
の「b」について。

その日の前に、私が、bをvと発音する癖があると先生から指摘を受けていました。口を閉じずに歯を口びるにつけて発音していると。確かに、唇をくっつけると口の動きが忙しくなる発音に関しては、無意識にbをvと発音していました。

それで、その日その韓国人も同じように口を閉じてなかったから「違うよ、こうだよ」と発音してみせると、その韓国人、「違うよ、僕が合ってるよ。こうだよ」とお互い何度もその単語を言い合いました。

どうも噛み合わないなぁと思っていたら、その韓国人が違うことを伝えようとしていることに気づきました。それは、「b」の発音そのものではなく、音の切り方。

日本人によくある癖なのですが、「パ/ブ/リッ/ク」または「パ/ブ/リック」と、音を3つとか4つに区切って発音してしまうことがあります。その韓国人は、私が3つに音を区切っていたので「パブ/リック」音は2つだよ、「b」を「ブ」と、ひとつの音として発音するなと言いたかったようです。

・・・いやいやいや、そうだけど、今は「b」の発音自体を注意したんだよって。
結局私の言いたかったことは伝わらず、私が負けた感じで終わりました。

とはいえ、私もそうですが、日本人のほとんどは一音一音を丁寧に発音しようとする癖があるし、意識もそこに集中していますよね。そこに重点をおいてるというか、きっと日本語が読むときそうだからかな。でも他の国の人って全然違うところに注意して発音してるんだなぁとわかって、おもしろかったです。
でも、そっち(音の切り方)の方が大事かも。って思う今日この頃でした。

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食べログの仕様変更はやらせ問題にどう影響するか

飲食店の数は星の数ほどある。特に大都市、東京では数がありすぎてどこに行ったらいいかわからないくらいだ。

最近では特に不味いと思う店は以前よりも少なくなったように感じる。だからこそ店選びというのは難しい。

自分や仲の良い友達同士ならば、感覚を信じて店を選んだりする。ただ、店選びに気を遣うような人たちと食事を共にしなければいけない状況になった時は困ってしまう。

そんな時は、インターネットの口コミサイトが便利。飲食口コミサイトの大手といえば「食べログ」が有名。私もよく利用させてもらっている。

昨年、この食べログがランキングの上昇を条件に飲食店から金銭を受け取るやらせ業者が蔓延していた現状が明らかとなり、問題となっていたことは記憶に新しい。

実は私も、ライティングの仕事をするようになってからはそういった類の案件の依頼が来ることがあった。この業者はランキング操作を目的としたものではなかったが、口コミ数の増加を狙い、食べログの利用数を増やすことに主軸を置いていた。

正直に言うと、一度だけやったことがあるが次第に行ったことのない店の口コミを書くことに抵抗を覚え、断った経緯がある。

このような案件を行って以来、口コミの信憑性というものが私の中でも揺らいでいた。その後、先ほど述べたやらせ問題が発覚することになる。

最近、食べログはプレミアム会員以外のランキング閲覧をできなくするなど仕様変更の措置を取ったそうだ。

うーん、これで果たしてやらせがなくなるかと言えば疑問ではある。またその網をかいくぐって新たなやらせが起こらないとも限らない。

インターネットは玉石混合、結局自分の目で見て、味わってみるのが一番確かなのだろう。お金があれば……ね。

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愛は必要なもの?

私が恋愛について物申すなんて一生ないと思っていましたが、とても早くその「ありえないこと」を起こそうとしている自分がここにいます。

私の母が恋愛について私に言ったことは実はたった2つだけなんですよ。普通母親って娘に対してロールモデル的な立場にあると思うんですが、うちの母はよほど真剣なこと以外は口出ししません。
母が私に言ったことは、
「恋愛は自由だけど道徳に反することはどうなのかしら。」
「恋は盲目って本当みたいね。」
だけです。しかもさりげなく、普通の会話をしている時に言っていました。彼女の性格からして単なる気まぐれで言っただけかもしれませんが、説教じみていない分逆にとても心に残っています。

実際の私はというと、恋愛について語れるだけの知識も経験もありません。ただ、最近、恋愛は必要な物だとしみじみ思うようになりました。恋愛至上主義を助長するつもりではなく、本質的に人間に必要な物なのかな、と感じます。

必ずしもすべての人に当てはまる訳ではありませんが、私たちには生まれた時から両親など無条件に自分を愛してくれる人がいます。その人は大切な人ですが、ずっとそばにいて愛し続けることはできません。おそらくは自分よりも先にこの世を去ってしまうからです。 愛されることを小さい頃から刷り込みで覚えている、ということは常に愛してくれる人が必要だということ。保護者から自立し始めると同時に恋愛に興味が向くことが多いのはごく自然な現象なのではないかと思います。

恋愛について、という話題は耳にタコができるほど聞いて聞き飽きているかもしれませんが、なぜそんなにも恋愛が人を引き付けてやまないものなのか、ということは恋愛をしている時と同じくらい魅力的な話題ではありませんか?

たまには頭も使って、でもやっぱり素敵な恋愛に憧れたい今日この頃です。

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禁煙外来

禁煙って、本当に辛いですね。
私は昔から喫煙しない人なので平気ですが、現在彼が禁煙中で、とても大変そうです。

彼なりに色々と考えて、口寂しい時には「禁煙パイポ」を使ってみたり「ニコチンパッチ」を買ってみたり「禁煙用のガム」をかんでみたりと工夫していますが、それでもイライラするらしくて…

もちろん暴力的になったりはしませんが、何かとイライラしてて…
その都度「ごめん」って謝ってくれるので、きっとイライラしてしまう自分自身に自己嫌悪してるんだと思います。
そんな彼を見るのも胸が痛む毎日。

彼がなぜ禁煙を決意したかと言うと、友人が肺の病気になったからなんです。
それでたばこの恐さを知ったのと、友人と共に自分も禁煙を行い一緒に頑張るのだ!と禁煙を開始!
固い意思だったのですが、やってみて辛さを実感。
脆くも崩れてしまいそうな彼の心。それよりも、ストレスが溜まらないかが心配です。

見てる方も辛いから、私からの提案として禁煙外来に行ってみたら?と提案。
昔よく禁煙外来のCMが流れていたのを見ていたので、気軽な考えで言ったのですが、彼はタバコを止めるがためにお金なんて払えるか!気合いでやめる!と猛反発。

意地と気合いの禁煙生活が、始まります。
でも…やっぱりダメ。

結局、友人の薦めもあって禁煙外来へ行く事に。
禁煙外来で話を聞いてみると、結局は副作用による吐き気などもあると言うこと。体への負担がない訳ではない。
ニコチン中毒って良く言いますが、意思だけではなかなかやめられないものですね。

まずは病院に頼らず自分で出来るだけやってみると言うことで、現在も頑張る彼を応援して行こうと思っています。

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子どものプレ保育

今日は幼稚園のプレ保育のお話をしたいと思います。
プレ保育というのは幼稚園に入園する前の1年間から2年間、
週に1~2回幼稚園にいき幼稚園の集団行動などに慣れることです。

私が子供を連れていっている幼稚園は年会費がかかるので、
最初は行く予定はなかったのですが、
今では行かせて良かったなとすごく思います。
決まった場所にちゃんと座ったり、挨拶したり、
返事したり、子供にはとてもいい勉強になったと思います。
今までやったことがなかったので、最初は返事しなかったりしていたんですが、
今ではちゃんと挨拶も返事も出来、先生の絵本も静かに聞いていたり、
毎回子供の成長を感じていました。

夏はプール遊びや、園庭で遊んだりしました。
プールはなかなか行く機会もなかったので子供はとても大喜びでした。
他にも、粘土遊びや、初めてハサミを使ったり、
のりを使ったり、絵の具で色を塗ったり、小麦粉から粘土を作ったり、
とてもいい経験が出来たんではないかと思っています。

今日のプレは折り紙でお雛祭りのお雛様を作りました。
可愛くできたので家に飾りました。
下の子も一緒になって毎回参加できるのでとても喜んでいました。
そして私自身も子供の性格がよくわかり、
周りのママとも、仲良くなれたのでとても良かったです。
うちの子はかなり積極的な性格で、朝は自分から大きな声で挨拶し、
小さい子にも話しかけてあげたりしています。
弟がいるからか、なかなか優しいお姉ちゃんです。
「この子はこんなに積極的だったのか」と初めてわかりました。

またプレ保育に通っていると、いざ入園となったとき子供も慣れているし、
私もみてきたので安心です。プレ保育も来週で最後です。
あれだけの経験をさせていただけたので、年会費は本当に安いものだなと思いました。
これからプレ保育に通わせるか迷ってる方は、是非通わせたほうがいいです!
子供のためには絶対にいいです。

急にポンっと入園させるより、慣れていたほうが子供も楽しく通えますよね。
是非参考にしてみてください。

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